旧暦とお月見のお話

いけ花や歳時記の話の中に、ときどき出てくる“旧暦”。私たちが普通にカレンダーで使っている新暦とは違うそうで、なんだか日がずれる!?そうで、ややこしくてよくわからない、とよく言われる。
新暦と旧暦の違いを最もシンプルに説明すると、太陽の動きに基づいた暦か、月の動きに基づいた暦か、ということ。新暦(=太陽暦)は、月の動きをまったく無視して地球が太陽の周りを一周する期間を基に作られた。その周期はほぼ365日なので日付と季節がずれていかない。対して月の満ち欠けを基準とし、月の見えない夜(新月)から次の新月までを一つの期間とするのが旧暦。この期間は約29.5日であり、これを12繰り返すだけでは季節を司る太陽の周期に足りず、すこしずつ季節が遅れて行く。そういうわけで3年に1度“閏月(うるうづき)”を入れ、大きなずれが起こらないようにする。ややこしい。現代人の感覚からすると、どうして昔の人は、そんなややこしい暦を使ったのだろう、と思う。でも昔の日本人にとっては、月の動きこそが不可欠な情報だった。

日本人は農耕民族だ。お米やその他の作物を作ることが生活の基盤であり、たくさん作ることで豊かになった。「米の出来が世の中の明暗を分け、また土地も米の取れ高で評価される時代が長かった」。植物の成長には太陽の光がもちろん大きな役割を果たす。しかし農耕という実務では、月の動きがより重要になる。植物の生長のリズムは月の満ち欠けに大きく左右される。種を蒔く時期、肥料をやる時期は、成長のリズムを知らなければベストなタイミングで行うことができない。また農作業にはその工程を行ってから何日か、ということが重要だそう。月は満ち欠けを見ればだいたいの日付がわかる。太陽ではそういうわけにいかない。

さて、9月の季節行事といえばお月見がある。もともとは旧暦の8月15日に行われていた行事である。新月から数えて15日目は満月で、十五夜という言葉がそのまま満月の意味だった。とりわけ空気の澄んだ秋の月は美しいとされ、十五夜にはすすきをいけて月見団子やお芋、秋の果物をお供えして、満月を楽しむ。

現代の感覚では、お月見といえば美しい秋の月を楽しむイベントに他ならない。ならばお月見に飾る月見団子やお芋を「お供え」と呼ぶのはどうしてだろう。月の暦を通して日本の暮らしを振り返ってみると、美しさを愛でるというよりは、感謝の気持ちが込められていたのかもしれない。収穫や豊作への感謝。また稲刈りを目前に控えての祈りだったのかもしれない。
<参考文献>

季節のなかの神々: 歳時民俗考
小池 淳一
春秋社
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