エッセイ「アムステルダムで見つけたいけ花」

2016年06月11日

「花のことはよくわからない」。いけ花を始めて数年したころ、百貨店で行われるいけ花展に出品させていただいたことがありました。そこには立花や生花のような伝統的な形も、彫刻のように手のかかった造形的な作品もありました。一通り見て回ってきた友人は、私のところへ来てそう言いました。 外に花が咲いているのを見て、多くの人はただ「きれい」と言うことができるのに、いけ花になってしまった途端「よくわからない」ものになってしまうとしたら、とても残念なことだと思いました。いけ花には礼儀作法に厳しい日本の芸のお稽古の面も、花を使って作品を作り上げ、表現する芸術の面も確かにあると思います。けれど私は、誰でも気軽に楽しめるいけ花があっても良いのではないかと思いました。難しいことはわからなくても、自分で花をいけることができなくても。そのための場所は、チケットも気兼ねもいらない、誰でも通ることができる場所が良い。私はまちの中で、花展をしてみることにしました。花選びは、見覚えがあって誰にでも愛されるものを、デザインも置く場所のじゃまにならないようシンプルにしました。我ながら今まで見てきたいけ花展とかけ離れていて、これを花展と呼んで良いのだろうかと不安になりましたが、まちを歩くたくさんの方に、喜んでいただくことができました。 そんなときオランダに住んでおられるいけ花の先生に、アーティストインレジデンスという、アーティストの交換留学プログラムを教えていただきました。オランダのアーティストが日本に暮らし、日本のアーティストはオランダで暮らします。異文化の中で得た感覚や発見を基に、その土地で作品の発表を行うというものでした。オランダは花の生産や流通のシステムがきっちりと確立しており、国の面積も人口もずっと大きな日本よりも、はるかにたくさんの花が作られ売られ、買われているのだと知りました。何よりそこでは、普段の生活の中に、当たり前に花があるといいます。ぜひ一度そんな場所で暮らしてみたいと思い、さっそく応募してみました。多くはない応募者とはいえ、私が選ばれた理由は、はじめて外に花をいけた、京都の高瀬川での花展でした。アムステルダムには運河がたくさん流れているからぜひそこに花をいけてほしいと言っていただき、2015年の4月から3か月間、はじめて海外で暮らすことになりました。 「花の国オランダ」にふさわしく、カフェやレストランでは、どこへ行ってもテーブルに一輪挿しか小さなポットが飾られていました。アムステルダム市もまちの緑化にとても力を入れていて、運河に架かるいちいちの橋にポットが飾られていたり、遊歩道などではきちんと芝生が整備されて、水仙なんかがきれい植えられていました。 日本でコンビニエンスストアを探すような簡単さで、お花屋さんやフラワースタンドを見つけることができました。売られているお花は種類が多いばかりでなく、日本とは比べ物にならない値段の安さでした。ちょっと友達に会うのに、家に飾るのに、みんな気軽にお花を買っていました。 到着して数日後、花展会場となる運河を見に行きました。京都の高瀬川という川は、川幅も狭く(約7m。そのときはそのときで広くて大変と思っていましたが)、水深も10㎝程度しかありません。それに比べてその運河は、幅は3倍以上、深さもじゅうぶんにあり、落ちると溺れそうでした。アムステルダムでの花展は、ボートを漕ぐ練習から始まりました。その後もまちのボランティアのところに行ったり区役所に行ったり助成金を申請に行ったり、毎日忙しくでも少しずつ、花展が実現に向かっていくのがわかりました。ただ花のデザインだけが、いつになってもなかなか思いつきませんでした。 私はオランダの人たちに、「アムステルダムの運河でイケバナ展をやってほしい」と言われました。日本で花展をするとき、できるだけ見る人にわかりやすい花やデザインを考え、それをさらに言葉で説明して補うということをしていたのですが、ここでは言葉が通じず、そんな説明も意味がありません。伝統的な形をいけるわけでもない、使うのはもちろんオランダのお花、いけるのは運河、器も剣山もない。そんなところで、どうやっていけ花展をやるんだろうと思いました。でもそれは、私がそれまで日本でやってきたことそのものへの問いでもありました。確かに外にいけられた花を見て、多くの人は「よくわからない」ではなく「きれい」と言ってくださいました。でもそれのどこがいけ花なんだろう。花もデザインも思いつかず、暗い気持ちで毎日運河に通いました。じっと運河を見つめたり、写真を撮ったり、通りを歩く人やまわりの建物を毎日観察しました。花も何しろ安いので、色んな種類のお花を置いて何が合うかと実験してみました。京都では見たことがないような、深くて濁った色をした水。まっすぐに続いていく運河とそれに沿った道。きちきちと箱を積み上げたようなオランダの建物。花は大輪で、濁った運河の水の上でも映える色が良いかもしれない。デザインはきっちりと整ったアムステルダムのまちや建物の線を途切れささないようなものにしよう。運河の淵に座ってまちを見つめていると、少しずつどんな花をいければ良いかわかってきました。水の上で行う花展で、開催も高瀬川とほぼ同時期。同じような作品になってしまったらどうしようと実は心配していたのですが、頭の中でできあがっていく作品は、高瀬川とはぜんぜん違うものでした。そのときに、「あっ」と思いました。芸術のように作品そのものと向き合い作り上げていくのではなくて、その場所が良く見えるようなものを考える。そして場所が美しく見えれば、自然に花も美しく見える。それをいけ花と呼んで良いのかはわかりませんが、少なくともとても日本的な発想だと思いました。そしてそれが、チケットのいらない場所で誰にでも楽しんでもらえる花をいけることに決めた私の、花のいけ方かもしれないと思いました。見に来てくれた友人が言いました。「アムステルダムへのプレゼントみたい!」。花展は成功したようでした。 初めて行って、初めて暮らしたヨーロッパ、アムステルダム。毎日新しいものや景色に囲まれて、とても楽しい日々でした。たくさんの人と出会い、いろんなことに驚きました。でも最も大きな成果は、自分のいけたい花を、見つけられたことでした。   掲載;「いけ花文化研究」2015年第三号 国際いけ花学会