国際いけ花学会にて報告

2015年12月29日

国際いけ花学会冬季例会にて、アムステルダムでの経験をご報告させていただきました。
人生で初めてスライド使って、会場の一番前で自分の考えてることをお話してきました。
言い忘れたことなど反省点がいろいろありますが、国際いけ花学会の先生方はみなさまとても優しく
緊張しながらも楽しくお話させていただきました。
なんのためにまちの中で花展をやってるのか。
それをアムステルダムでもやってみたことと。
そのときに異国で3か月間暮らしてみて、
「自分なりに考えた『いけ花』、『花をいける』ということについてお話しします、とはじめました。
メモがてら、お話させていただいたことを書いておこうと思います。

・大学のとき、花屋でアルバイトを始めてそれが楽しくていけ花もならって、
自分は花を売って生きていきたいと思った
・でも花を買うのって年配の人ばっかり
自分が独立する前にもっと若い人が花を気軽に楽しめるような社会にしないと、
やっていけないと思った。それでストリート花展をはじめてみた
・京都でやっているうちに、アムステルダムに行ってやらせてもらえることになった。
・オランダに行ってみて、すぐに普通のいけ花をいけさせてもらえる機会があった。
でもいけてみて、日本でいけるような花をそのままの形でオランダでいけることが
果たしていけ花なのだろうかと思った。
・また、やろうとしているストリート花展を外国人に「これがいけ花です」と
言ってしまっていいのだろうかという疑問も感じるようになった
・毎日「いける」ということについて考えた。
主役と背景があるときに、西洋の人は主役の方のみを、きれいにしようと作り込む。でも日本人は、
主役の方はもうそれできれいなんだから置いといて、背景の方をいじることで主役がよく見えるようにする。
これが「いける」ということかもしれない
・ストリート花展は、まちという器を美しく見せるための「いけ花」であると言える
・そういう考え方の違いは花屋にも表れていて、オランダでは、できあがったブーケがとてもよく売れる。
買った人は、それをそのまま束ねた状態で花瓶に放り込む。
場所によって同じ花でもいろんな形に切る日本とはぜんぜん違う考え方。
どちらが優れているということではない。問題は、日本の花屋が「おまかせで3000円」という
花だけで完結した西洋的な売り方をしてしまっていること。
花に知識がなければ、花について語ることがどんどんできなくなってしまっている
・ストリート花展や花いけバトルの良いところは、花のことなんて何も知らない人でも、
花について語る機会を作っているところ。まちに置ける花も5分でいけられる花もたかがしれている。
でもバトルになったり、自分の家の前やいつもの道に花が置かれることで、
誰もが気軽に花について語りはじめることができる。
・これからの日本で花に携わる私たちには、花のいけ方の追求ではなく、
花に携わらない人を花に巻き込める機会や環境を作っていくことが求められている。

発表後は、先生方にたくさんご意見をいただき、とても勉強になりました。
造形大学の井上先生に、「着物にも同じことが言える」と教えていただいたのですが、
「語ることができない」というのは、花だけでなくて着物、その他の日本の文化・伝統、景観やまちなど、
現代の日本にあるいろいろな問題の、根底にあることなのかもしれません。

国際いけ花学会の先生方、関係者のみなさま、
貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました。

※発表の内容の一部を、『いけ花文化研究』第3号にエッセイとして掲載していただきます。
国際いけ花学会公式ホームページ

※2017年1月8日追記;今回の報告をまとめてみました
▶▶▶「現代の日本で「いける」ことの難しさ」

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