お墓参りとダンシング・レディ

2020年01月01日

お花だけでは食べていけない頃、宮川町のお茶屋さんでアルバイトをしていた。ティーを売ってるんじゃなくて、芸妓さんや舞妓さんと遊ぶ、“一見さんお断り”の方のお茶屋さん。

何にも知らないまま本当に偶然働かせてもらうことになって、女将さんに初めはいろいろと怒られた。こわいなぁ、嫌だなぁと毎日思っていた。でもある時気が付いたのだけれど、女将さんに注意されることは店のためでもあるけれど、私のためにもなることばかりだった。背筋の伸ばし方、気の遣い方、お客さんとの話し方。今では普通に着ている着物も、一から着方を教えてくれたのは女将さんだった。毎月私のために、「ハタチ代に着てた」という着物とそれに合う帯を出してくれた。結局最後までいろいろと怒られたけれど、「自分で花屋がしたい」という私のことを、とてもかわいがってくれた。店の準備を一切やっておられた番頭のお姉さんが辞めたとき、「あんたァ、うちの花もいけてくれるかァ?」と言ってくれた。これもはじめはいろいろと言われて、こわいなぁ、嫌だなぁと思っていたけれど、女将さんにそのとき言われた注文やなおしは、とても勉強になった。今年の年末は約1週間かけて木屋町と先斗町のお店にお正月のお花をいけさせていただいたけれど、女将さんの店が、私の初めてのいけこみ先だった。

お正月のお花、女将さんの店にもいけさてもらっていた。大きな松と格闘していると「あんたァ、お正月は家帰んのん?」と女将さん。お昼勤めていた花屋さんの仕事もあったので帰らないというと、「“ごはんたべ”行こか」と笑顔。元旦はお墓参りをして初詣に行くから、2日の夜ということになった。それから女将さんの亡くなった前の年まで、1月2日は女将さんと過ごすのが恒例になった。

女将さんは癌だったことを隠して、余命を宣告されてから2年間、自分が亡くなった後の準備を一人で全部済ませて、ある年の年末に、亡くなった。私に3枚の着物を残して。私はその半年後に、木屋町で花屋を始めた。お正月が来るたびにお墓参りに行きたいと思っていたけれど、始めたばかりの店のばたばたと年末年始のばたばたで、一向にお墓参りに行けないまま時が過ぎて行った。
女将さんのお墓参りに行けない理由がもう一つあって、それは年末の仕入れでオンシジュームが買えないことだった。女将さんは黄色い蘭・オンシジュームが大好きだった。いけこみのときも、ときどきオンシジュームをいけると「明るなったわァ」と喜んでくれた。しかしこのオンシジューム、蘭で黄色くて華やかで、年末になると値段がとんでもないことになる。当時は仲卸でしかお花を仕入れていなかったので、10本の小さいロットではさらに値が上がる。全部売れるかわからない松や千両でただでさえ仕入れ値がかさむのに、安い時の3倍にもなるオンシジュームに、どうしても手が出せなかった。

木屋町の店を始めて、3度目のお正月。いけこみ先も、店に買いに来てくださるお客さんも、始めた頃と比べ物にならないくらい増えた。年末の仕入れも、今までにないくらいたくさんになった。オンシジュームを買うか悩み続けて最後の仕入れを見ていると、40本ならいつもの値段の少し高いときくらいだった。40本。迷ったけど、仕入れた。それで、このお正月こそ絶対に、女将さんのお墓参りに行こうと決めた。

そう決めてから、ふとしたときに心の中で女将さんの声がした。「あんたなァ」。こんなに長い間会いに行かずに、不機嫌だろうなぁと思うと苦笑してしまった。「普通挨拶ぐらい来ぇへんかァ?」。この年末は、我ながらよく働いた。いけこみもたくさん回らせていただいて、店にもたくさんお客さんがきてくれた。仕入れた自慢のお花たちが、たくさんの方のお正月を彩っているとしたらとてもうれしい。オンシジュームは女将さんの分10本をとっておいて、残りは数本になった。

くたびれ果てた31日。ものすごい充実感とともにとっくに日付が変わってから部屋に帰り、お墓参りは夕方までに行けばいいやと思って床についた。なのに朝になるといつもの時間に起きてしまった。仕方ないから初風呂につかって、漫才見ながらできなかった部屋の掃除をして、きっちりお化粧して、女将さんが残してくれた着物を着た。オンシジュームを抱えて家を出る。

初めて来た、女将さんのお墓。上着を脱いでその前に立つと、胸が詰まった。いつも女将さんが暇なときにいたカウンターの端の席で、着物を着て真っ赤なお紅を塗って、いつものようにきれいで、座っている姿が心の中に浮かんだ。ごめん、女将さん。こんなに遅くなって。カウンターの女将さんは、想像していたのとは違うことを言った。顏をしかめて、その前で縦にした手のひらをばたばた降って、「かまへんかまへん!」、そうしてにかっと笑って、「忙しぃしてたんやろ?」。墓石を洗いながらオンシジュームの仕入れの話をする私を、うれしそうに見ていた。お墓参りなんて、面倒くさい風習だと思っていた。お墓なんてただの石、亡くなった人がそこにいるわけじゃない、と。人生で初めて、一人で自分の意思で、お墓参りというものをした。「お墓参り」の意味が、少しわかった気がした。オンシジュームをたっぷり5本ずつ束ねて立てると、灰色の墓石によく映えた。まわりを見渡しても、シキミや菊や松などが入っているお墓がほとんどで、鮮やかな黄色の蘭が入った女将さんのお墓は、そこにだけスポットライトが当たったみたいになった。一度だけ見た大きな舞台で舞を舞う、女将さんみたいだった。「いやァええやんかぁ。明るなったわぁ!おおきに」。オンシジュームは英名を「ダンシング・レディ」という。黄色いひらひらがダンスを踊る女性みたいな形だから。宮川町で1番の芸妓さんだったという女将さん。亡くなってなお、あなたに本当によく似合うお花です。

女将さん、ありがとう。これからもお正月は女将さんに会いにこようと思います。それで私もたくさんスタッフができたら、お正月実家に帰らない子たちに、おいしいものを食べに連れて行ってあげられる“女将”になりたい。

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勤めているときは、「お墓の花」なんて、何も考えずにただ菊や丈夫な花を適当に合わせて束ねているだけだった。でもお墓のお花だって、花立の長さに合わせると格好よく立つし、映える色もある。亡くなった方の好きだったお花がある。いけこみや、ブーケ作りと同じように大切で、難しいのだということに気が付いた、今年のお正月。

みなさま、明けましておめでとうございます。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。