祝福してくれますか?
昨2021年6月に、男の子を出産しました。緑(みどり)と名付けました。結婚はしておりませんので名字は西村です。結婚するにはクズな、でも私の人生で最愛の人の子供です。
予定日より1か月早く生まれた緑は、しばらく入院していた。無事かな、早く帰ってこないかなと思う反面、結婚もしていない、急な妊娠でご迷惑をおかけしたいけこみ先様や常連様に、退院してきた緑を受け入れてもらえるのだろうかという不安と、これまでの人生で何のイメージも準備もしてこなかった私が本当に“お母さん”になれるのかという不安が、毎日毎日波のように、寄せたり引いたりした。出産から私が退院するまでの6日間は毎日毎日突き抜けるような快晴だったのに、緑が退院してきた7月7日は、朝から雷の鳴る、バケツをひっくり返したような大雨だった。口にしてこなかった私の不安が溢れ出したみたいだった。
慣れない手付きで助産師さんが教えてくれたおむつ替えや授乳を試してみる。お昼間から真っ暗な窓の向こうに、叩きつけるような雨粒を眺める。ここがまだどこかもわからずに眠っている、小さな緑と部屋にぽつん。「卒業」のラストシーンが頭に浮かんだ。花嫁を教会から奪うドラマティックなラストで有名な映画の、しかしラストシーンは二人がバスに揺られ「これからどうしよう」という微妙な顔で幕が下りていく。幸せなはずなのに、現実をどうして良いかわからない。まさにそんな感じだった。
なんとか夜を迎え、緑が寝ているすきにお風呂に入ることにした。久しぶりの家のお風呂で少し気分が良くなった。雨音が少し遠くに聞こえた。ふっと今度は、別のフレーズが心に浮かんだ。
「二人きりだね 今夜からは どうぞよろしくね」
雨音の向こうで、ずっと同じメロディが流れていた。なんの曲だったろう、なんでそれが流れるんだろうと思って、聞こえないふりをしていた。安室奈美恵さんの「CAN YOU CELEBLATE?」だった。
結婚されるときにリリースされた曲だけれど、ずっと不思議な歌だと思っていた。なんで「祝福してくれますか?」。普通祝福されるじゃん。でも自分が、結婚はしていないけど似た立場になって、歌の意味がわかった気がした。幸せには、不安が伴うのかもしれない。あるいは安室奈美恵さんも結婚する前に赤ちゃんができたから、似た想いがあったのかもしれない。「遠かった 怖かった でも ときに素晴らしい夜もあった」は妊娠中の日々を思い出させる。本当のメッセージはわからない。でもこの曲がたくさんの女性に支持されているということは、幸せは手探りで不安なもので良いのかもしれないと思った。
出産祝いというものは、こんなにいただけるものなのかとびっくりした。友人や先輩やプライベートな人たちだけじゃなく、お客様までお祝いをくださったり緑に会いにきてくださった。ある日、仲良くさせてもらってるいけこみ先のお店の副店長さん(私よりはるかに若いけど、大人でしっかりした女性!)が来てくれた。緑に会えたことをすごく喜んでくれて、抱っこしてあれこれ褒めてくれた後、「きっと看板息子になりますね!!」と言われて驚いた。思ってもみなかった。みんなに迷惑をかけてばかりで、祝福なんてしてもらえないと思っていた。
あれから1年経って、川沿いに作ったベランダが緑のお気に入りの場所になった。高瀬川を眺めたり、鳥や猫を指さしたり、木屋町を歩く人々に手を振られたりしながら、いつまでたっても楽しそうに過ごしている。店に来られたお客様にかまってもらって、常連様に抱っこしてもらっては、にっこりさん。いけこみ先には、ベビーカーに花と花器を満載し緑をおんぶして行くという、人生で想像もしなかった日々。グーグルレビューにまで「小さな男の子が迎えてくれます」なんて書いていただいて、本当に看板息子になってしまった。SNSに緑の写真をアップするか迷っていたのだけれど、もう緑のいない西村花店はない、と思えた。そうしてようやく、ウェブサイトにも緑のことを、この記事を、書き始めることができた。木屋町で店を始めるより前に始めた、「西村花店」という名前のウェブサイト。自分のこのサイトへの愛着にも、改めて気づかされた。一人で始めた西村花店だけれど、今はもう、私にとっても店にとっても、なくてはならない人になった。
1年ぶりに「CAN YOU CELEBLATE?」をかけてみる。はっとした。この曲のラストは「祝福してくれますか?」という誰かへの問いかけではなくて、「I can celebrate」で終わるのだった。不安だったのは周りが祝福してくれるかどうかじゃなくて、自分自身が祝福できるかどうか、自分が自分の運命を受け入れられるかだった。
慣れない幸せの輪郭を、いろんな人に教えてもらいながら手探りで毎日なぞって、少しずつ、私たちだけの形にしていくんだろう。この1年を振り返ってみると、緑と一緒に色んな人の笑顔が浮かぶ。出産したら世界は狭くなるものと思っていた。だけど今まで知り合えなかった人と出会えたり、昔から知ってる人と改めてつながれたり、予想もしなかった方に、世界はどんどん広がっていく。
緑、1歳のお誕生日おめでとう、そして、ありがとう。心からの祝福を込めて。
1歳のバースデーフォトを、花屋の常連様でもある「わわび写真美容事務所」様にお願いして、撮影していただきました。撮っていただいた写真があまりにも素敵で、でも緑らしくて、これが今の西村花店なのだと、胸を張ってウェブサイトでも言葉にしようと思わせてくださいました。
本当に本当に、感謝です。