6 「映え」の本当の意味

前回に引き続いて、「空間に合った花選び」を実践する前に、もうひとつ重要な概念をお話せねばと思いつきました。

◆「ばえる」はいけ花の本質を理解するキーワード
ところで、「ばえる」という言葉は、流行語を通り越して誰でも使う日常語になっていますが、これはそもそも昔からある言葉で、かつ、いけ花をはじめとする日本文化を理解するのにとても重要な、日本にしかない表現です。たぶん、ぴったり一語で訳せる英語はないはず。

その昔、宮川町のお茶屋さんでアルバイトをしていたときの話です。女将さんは私のために、「ハタチ代に着ていた」という着物を毎月用意してくれていました。着てみて似合うと「その着物、アンタによぅ映る(うつる)わぁ~」と満足して自分の部屋へ帰って行きます。「映る(うつる)」「映える(はえる)」は同じ意味で、「ばえる」の語源です。私ははじめ意味がわからず「? ありがとうございます」という感じだったのですが、その後もずっと着物を着させてもらって、芸妓さんや他の日本の文化にも触れる中でなんとなく意味がわかってきました。
それは、「着物が美しい」でも「あんたが美しい」という意味でもなく、「あんたはその着物を着ると、着てない時よりよく見える」という、2つのもののマッチングを褒める言葉なのです。女将さんは、私を褒めてくれるというよりも、「私にはあの着物が良いだろう」と、着物の色合いや模様×私の肌の色や骨格という2つのものを引き合わせた、自分のセンスに満足していたのです。そして「映え」がきまると、着物も着ている人も、それ単体より価値が上がります。女将さんとしては、私に「映える」着物を用意することで、自分の着物も上等に見え、スタッフも上品に見え、結果として店自体の格も上がるのです。この構図は本当に日本らしく、いけ花にもぴったり当てはまります。その場所にふさわしい花をもってくることで、花は美しく見え器も高価に見え、結果として空間そのものを上質なものにすることは、まさにいけ花が目指すところです。
(ちなみに「インスタ(に)ばえ(る)」の本当の意味は、被写体そのものの良し悪しではなく、「インスタグラムで見るとよく見える」となるわけです。)

精神論や宗教観などはともかくデザインの面からだけ語るとすれば、いけ花は、とことん「映え」による美を追及します。花の部分だけを作り込むのではなく、その花が、「その空間でよく見えるか」「その空間にある他のものと一緒に見たときによく見えるか」「その器にいれたときによく見えるか」を考えること、これに尽きます。だから大前提として「どの空間に×どの花をもってくるか」、これを考えることなく、花をじょうずにいけることなどできないのです。