文化祭が好きなわけ
「楽しかったですね!」というと、中川さんはちょっとはにかんだように笑って、「楽しかった!」と言った。
今年も高瀬川桜まつりが終わった。立誠学区の桜まつりは基本的に立誠自治連合会の人と、その周辺の人で運営される。地域のおまつりだから地蔵盆みたいなものなのだけれど、「立誠学区」というエリア(鴨川と寺町通、三条と四条の間)は京都市内でも極めて住民が少なく、その反対にビジターはたぶん他の地域より強烈に多いという特殊性から、いろんな人が関わっていろんな人が参加して、地域のおまつりとは思えない規模と賑わいになる。桜の咲く頃の「桜まつり」、お盆の頃の「夏祭り」、年に2度開催されるので、「実行委員会」という名の寄り合いが、秋をのぞいてほぼ一年中ある。私が代表を押し付け、いやいや任された高瀬川会議は、この立誠自治連合会の下部組織。もともとは木屋町でお店をされていた方が発足されたそうだけれど、その方が引っ越されて地元民ではなかった前代表に引き継がれ、その後私にバトンタッチされた。当初は高瀬川という資源をいかして木屋町のまちづくりを目的としていたと聞いたが、今はこの年に2度のお祭りで高瀬舟を運航することが最重要任務となっている。途中から屋台スペースで金魚すくい屋さんを始めることになったので、高瀬舟と金魚すくい屋さんが、いわば私の「持ち場」だ。他にも屋台が全部で10ほど出て、ライブやら御神輿やらが出る。みんなそれぞれの持ち場で、たぶん得意なことをそれぞれがんばる。みんな仕事の合間にやっていることだからそう大したことはできないけれど、「実行委員会」に参加して、同じ日に同じ場所に集まると「おまつり」になる。
桜まつりは3か月くらい前に日程を決めるので、その日ちゃんと桜が良い具合に咲いているのかもわからないしましてやお天気もわからない。年によって良いときもあれば悪いときもある。今年の一日目は結構ひどい雨で、二日目はちょっと寒かったけど快晴だった。桜は上々。とくに二日目はたくさんの人が木屋町通を歩いて、おまつりに立ち寄ってくれた。高瀬舟の運航もずっと長蛇の列ができた。ここ何回か、木屋町のお掃除活動をしてくださっている「新洗組」さんが舟の運航を大勢で手伝ってくださるので、私はすっかり屋台スペースで金魚すくい屋の番をしていたのだけれど、今回久しぶりに高瀬舟の番をした。両岸に桜が咲く高瀬川の間をゆっくりと抜けていく高瀬舟の風景は、何度見ても良いなと思う。ちょっとびっくりするような列ができてしまったので、高瀬舟と木屋町の歴史を軽くお話させていただいたりした。乗らない人も、観光の方も木屋町で働く方も、みんな通りからうれしそうにめずらしそうに、高瀬舟の行く風景を楽しんでおられるようだった。舟の運航を終え屋台スペースに戻ると、食べ物も早々に売り切れたようで、予定より早めにみんな持ち場を片付け始めていた。ライブだけは予定通りで、片付けを始めた屋台のすぐそば、高瀬川の上に作ったステージで、たくさんのお客さんに囲まれていた。久しぶりに聞くlet it beが、疲れたけれど満ち足りた体に心地よかった。
「おまつりを成功させる」というたった一つのシンプルな目標の下、年齢も職業も違う人々が集まる。普段何しているか知らない人もいるし、名前さえ知らない人もいる。でもみんなで準備して、それぞれ持ち場を守って、終わったら片付ける。おまつりの番をしながら飲む缶ビールは、いつも最高においしい。
中京区の基本計画推進会議に出席させていただくと、まちのコミュニティの崩壊がいつも問題に挙がる。もともとの土地の人と、例えば新しくできたマンションに暮らす人々。安全とか防災のために町内会に入った方が良いけど、町内会費を払いたくないし役をしたくない、とか。でも年齢も職業も違う人々を、安全や防災みたいな「義務」で繋ぎとめるのは、とても難しい。おまつりやれっていうわけじゃないけれど、運営と参加に分かれるんじゃなくて、みんなで、達成したい一つの目標の下、少しずつ力を出すのがいい。それがたくさんの属性の違う人々を繋ぎとめる、一番あり得る方法だと思う。昔は性格が合うとか趣味が同じとかそういう友達と飲んだりするのが楽しいような気がしていたけれど、大人になってだんだんそういう飲み会をしなくなった。そういえば文化祭が好きだった。やんちゃな子もおとなしい子もそれぞれ得意なこと、できそうな持ち場について、成功させるために時間とエネルギーを注ぐ。大人になってわかったことは、私だけじゃないってこと。「みんな結構、文化祭が好きなんじゃないの?」京都市のどこよりも早く住民がいなくなっていった立誠の人々は、はじめからそのことをわかっていたのだろうか?
中川さんは屋台の番をしない。裏方のすべてを取り仕切り、準備という準備をして、おまつりが始まるとわらわら店番するみんなの困りごとを一つずつ片付けて行く。多分35歳くらい上の、新京極のおっちゃんだ。おまつりが終わった翌朝、中川さんはうちの店の前の自販機にジュースを買いに来た。昨日より一段咲いた桜が、朝日に照らされてきれいだった。「楽しかったですね!」というと、中川さんはちょっとはにかんだように笑って、「楽しかった!」と言った。中川さんと私の共通点は、たぶんない。「地域のコミュニティ」なんてものが存在するとしたら、でもここにあると思う。