歩いてほしいまち、京都

敢えてこの言葉から始めたい。京都というまちにおいて、バスは、そこに住んでいる市民の乗り物である。観光に来た人は、バスに乗らないでほしい。

子どもが2歳になる年に、保育園を探した。あれこれ探して、見学に行った一園目。清水寺付近にあるお寺の園で、教室内の空気、先生たちの雰囲気、一目で気に入った。でも何よりも私の心を掴んだのは、園の立地と、うちから園までの道のりだった。見学が終わって帰り道、お迎えに来られたお母さんが娘さんと帰って行くところに遭遇した。八坂通りの石畳の上を、手をつないでゆっくりと歩いて行く二人。八坂の塔に見守られた細い通りは、西日の優しいオレンジ色に包まれていた。四条木屋町のうちから、鴨川を眺めながら四条大橋を渡る。登園の時間はまだお店が開いてなくて静かな四条通。花見小路を曲がるのも良いし、八坂神社でお参りして下河原から行っても良い。まだ京都を知らないこの子と、そんな景色の中を毎朝歩いて行けたらどんなに素敵だろう。それが、園を選んだ一番の理由だった。

しかし子育てとはだいたいの場合、まったく思い通りにいかない。1キロ弱程の距離なので、さすがに最初から最後まで歩けるとは思ってなかったけれど、2歳の誕生日を迎えても3歳になっても、途中まででもぜんぜん歩いてくれない。仕方がないのでもう少し成長するまでは公共のバスに乗ることにした。四条大橋の東側の「祇園四条」駅から「清水道」までの3駅。

市バスに乗ることなんて、もう何年もほとんどなかったので、正直驚いた。四条通を西から東へ向かい、清水道を通る市バスは何種類もあるように見えて、実は一種類しかない。207番。京都駅と四条河原町と清水道、そして東福寺や東寺を結んで循環する、「京都の東側の黄金観光地」だけをなぞるような路線だ。バス停に停車して扉が開くと、今にも押し出されてきそうな乗客たちの、「これ以上乗ってこないでほしい」という無言の圧が伝わってくる。小さな手をつないで立ち尽くしていると、時間の遅れに焦る運転手さんが「次のバスにお乗りください」と告げ、扉はすぐに閉まり、そのまま発車してしまう。もちろん、次に来る207番も同じ状況だ。とはいえ、子どもを保育園に連れて行かなければならない。強い意志を持って、扉が開いた瞬間に飛び乗る。車内は、こける隙間もないほどの満員で、酸素の薄い空気の中を、明るいトーンの車内アナウンスが各国語で降車の案内を繰り返している。そのまま左右に揺られながら約10分。清水道で停車すると、誇張ではなく、ほぼ全員がぞろぞろと降りていく。まるで、どこかに収容される人たちのように。

バス停3駅分は、子どもを抱っこせずに一人で歩くにはちょうど良い。園からの帰り道、まだ午前中で人も少ない四条通をぶらぶら歩きながら考えた。清水寺は、確かにすごい。千年以上の歴史、重要文化財に指定されている数々の建造物、そして、四季折々に変化する音羽山の景色や境内の花木。清水寺は、本当にそのスケールとともに、唯一無二の観光スポットである。「京都に来たのなら絶対に見たい」。きっと訪れるすべての人が、そう思うのだろう。

異論はない。その通りだ。ただ、「歴史の長さ」でいうのなら、この四条通だって、平安京の時代にはすでに造られていた。四条通の突き当り、八坂神社にも千年以上の歴史、鴨川はそれよりもずっと昔から流れ続けている。鴨川に並行して流れる「高瀬川」は江戸時代になってすぐ掘られた運河で、木屋町通、花街・先斗町通は運河の成功に伴って賑わいの通りとなった。京都は、19世紀に東京へ首都が移るまで、まちのすべてが消失するような災害もほとんどなく、千年以上同じ場所で、同一王朝の下、都でありつづけた。そして遷都後も、今も、同じ場所で都市として栄え、人が暮らし続けている。建造物単体の壮大さや遺構のスケールでいえば、ギリシャやローマに太刀打ちできないかもしれない。けれど、京都の価値はそこにはない。まちそのものが壊れることなく、時代ごとに姿を変えながら、生活とともに更新され続けてきたこと。私はそれこそが、他の観光都市にはない、京都の最大の魅力だと思っている。

そしてもう一つ、触れなければならない京都の魅力が、季節である。それもやはり、「春の桜」、「秋の紅葉」というような、単体で切り取ることのできるようなものではない。日本は四季の美しい国であるという言い方をよくされる。京都はその「日本らしい四季」を日本のどこよりも体感できるまちだ。それは、盆地・恵まれた水脈・高い湿度に由来する、寒すぎる冬と暑すぎる夏、その間のほんのわずかな、心地よい春と秋で構成される。京都といえば「桜と紅葉」と思われているが、私が知ってほしいのはそちらではない。過ごしにく湿度が極まる、冬と夏である。食事は旅の醍醐味だけれど、懐石などにも登場する冬の炊きものは、底から冷えるからこそ味が染みるし、蒸し物や餡かけは保温効果が高く見た目にも温かい。それらの「温かい」お料理が、土を感じさせる焼き物や蓋のついた塗りのお椀に盛られる。反対に夏は、盛り付けに水や氷を用い、器もガラスや、青や緑の釉薬がかかったものが使われたりする。鴨川の「川床」は京都の夏の代名詞だけれど、もともとは暑い夏に少しでも涼しくご飯を楽しむために、昔の人々が河原に茣蓙を敷いたのが始まりだ。過ごしにくい気候の中でどれだけ暮らしを楽しむか、どうやって来客をもてなすか、考え続け実践し続けた工夫が、京都の文化だと言える。

もちろん現代では、完璧に整えられた空調の下で快適にお料理をいただくことが当たり前だ。季節のことを全然知らなかったとしても、じゅうぶんに美しい盛り付け、美味しいお料理を楽しむことができる。茶道や華道も観光客向けの「体験」屋さんが増えてきて、2時間程度で概要をレクチャーしてもらう。華道体験なら、実際に鋏を手に取り花をいけさせてもらう。できたいけ花と写真を撮られている姿からは、多くの観光客の方が満足しておられるように見える。でも私は、それらの文化が、どうしてこのまちで生まれたかを知ってほしい。そして、あるいは観光に来られた方は触れることができないかもしれないけれど、今でもこの場所で暮らす人々の生活の中に、生きていることを。

自分の足で歩くということが、京都というまちにおいて、最も大切なことに手を伸ばす行為のように思う。清水寺は、もちろん見に行く価値のある史跡だ。だけどそこへ行くための、多くの時間を「京都の空気」に触れることのできないバスに乗って過ごしてほしくない。バスは、京都の暑さも寒さもうんざりするほどよく知っている、私たちのような「市民」が、移動するためだけに使えばいい。もしかしたら人生に一度きりになるかもしれない、このまちで過ごす数日間を、世界中のどのまちでの経験とも違う、かけがえのないものにしてほしい。だから私は言いたい。京都に観光に来た人は、どうかバスに乗らないでほしい。