それでも山鉾を渡すわけ

2019年07月21日

花いけ部の7月のテーマは、やっぱり毎年「祇園祭」にしてしまう。

テーマを決めるのは、だいたいその月に入ってから。7月に入ると京都は、商店街のディスプレイからBGMからまちの雰囲気から、すべてが祇園祭になる。連日何かしらある神事や山鉾の行事を横目で見て、お囃子のBGMが鳴り続ける商店街を毎日通っていると、他のことではいけないような気がしてくる。

一番の見所は、17日の前祭山鉾巡行。灼熱の四条烏丸に、一列に並んだ山鉾。長刀鉾を先頭に、通りという通りに溢れる群衆を後目にぎしぎしと音を立てながら巡行して行く。
花いけ部開催の20日ともなれば、祇園祭もひと段落、やれやれという感じである。しかし実は祇園祭の本番は、今。
山鉾が巡行に至るまで、吉符入りにくじ取、鉾立てに曳き初め、その他山鉾ごとの行事に長刀鉾のお稚児さん関係、これらとは別にどんどん進行する八坂神社の神事。部外者にはあまりにも複雑な祇園祭の目的はしかし実はすごくシンプルで、京都のまちに疫病が蔓延しないように、八坂神社から神様にきてもらう、というもの。
前祭の山鉾巡行が終了した17日の夕方、3基の御神輿が八坂神社から出発する。まちを練り歩いて真夜中に近い頃、四条寺町の突き当りの御旅所(おたびしょ)に奉納される。これから24日の後祭山鉾の巡行が終わるまでの1週間、神様が京都のまちを守ってくださるというわけだ。だから本来ならばここがお祭りの中で最も重要なはず。しかしそうでもなくして祇園祭を複雑に、しかし他のどんなお祭りよりも豪華に華やかにしているのは、山鉾の存在である。

ほとんどの山鉾には、とがったものがのっかっている。山には真松(しんまつ)という松の形を整え先をつくって三角形のシルエットにしたもの、鉾には鉾頭(ほこがしら)という先の尖った細長い棒状のものに、それぞれの鉾が特徴を出した工夫を凝らして飾りをつけている。いけ花にも通じる話だけれど、この先の尖ったものは神の依り代である。日本では古来から神様はとがったものの先(松など常緑樹の場合が多い)にやってくると信じられており、お祭りや儀式など神様にきてほしいときにはこの依り代を立てる。現代の説明では、山鉾巡行で疫神を依りつけてきれいにした後、御神輿で神様にきてもらうというものだ。しかしそうすると、24日の御神輿が還られる頃疫神はもういないはずだから、後祭山鉾巡行の説明がつかない。
現在では別々にまちを練り歩く御神輿と山鉾だが、もともとは一緒だったそうだ。神楽などのように、御神輿にのってきてくださる神様を喜ばせるために、まちの人が舞を舞ったり楽器を演奏したりしながら御神輿について回った。それが少しずつ華やかになり小さな御神輿のような、台車のようなものが登場するようになった。これが山鉾の原型だそうだ。古式の頃の姿を残しているといわれる綾傘鉾は、台車のようなものに傘がのっているだけのシンプルなもの。その鉾とともに、鉦と笛に合わせた棒振り囃子がねり歩く。こちらも昔の姿を伝えるという橋弁慶山は、御神輿に橋をのっけた姿。謡曲「橋弁慶」をもとに、弁慶と牛若丸が五条大橋で戦う様子を表しており、依り代をもたない。英語で京都を案内する本によると、山鉾は英語でdecorated floatsだそうだ。フロートは、ディズニーパレードの動くやつのようなもの。鉾町の方が聞いたら怒られそうだけれど、もともとはそうだった。神輿渡御の賑やかし。 だから御神輿がまちにこられる際の前祭と、還られる際の後祭がある。

「神事これなくとも山鉾渡したし」。一揆の影響で神輿渡御ができない年、神輿がこないのに山鉾は巡行した。社会の情勢に合わせて、また京都の町が豊かになるにつれて、山鉾は豪華絢爛に、そして依り代をつけたり稚児(神の使い)をのせたりして、それ自体が神性をもつものに進化していった。「神事これなくとも山鉾渡したし」。有名なこの言葉は、京都の町人の祇園祭に懸ける心意気として今でも語り継がれる。しかし現代の感覚からあえて言うと、そんな本末転倒はない。神事がなければただパレードして盛り上がりたいだけじゃあないか。“くじ取らず”の長刀鉾。先頭を行き、長刀で疫神を斬るという理由から、くじ取りに参加せず一番に出発する。長刀鉾の長刀は、現在では本物の刀ではなく竹製。現代になってからそうなったのかと思いきや竹製になったのは1830年頃からだそうだ。理由は「重くて危ないから」。「そんなの初めからわかってたんじゃないの!?」と言いたくなる。疫神を長刀で振り払うという理由で先頭になったはずなのに、他の山鉾とけんかにならなかったのだろうか。祇園祭の歴史にはそういう、「そんなことでいいの!?」がたくさんある。それでも人々は、神輿を担ぎつづけたし山鉾を渡し続けた。それはたぶん、「伝統だから」じゃない。神事だからどうだからといろいろな理由をつけて、結局は「祇園祭」が楽しみだからやるんだと思う。疫神をやっつけてくれるのは、神様じゃなくて抗生物質って、みんなわかってる。それでもやる。そうやってやる中に、まちの文化とか景色が生まれて、100年経つと歴史になるんだと思う。

それはそうと、こんなに科学や医学が発達して、ウイルスをやっつける薬はできたけれど、免疫力、つまり病気にならない力を高めるのは、笑うことや楽しむことだというのは、興味深いしぐっとくるものがある。結局祭りが、疫神を退散させるんだ。私はいつも、「季節感季節感」と言っているんだけれど、7月の京都。町中がお祭りの雰囲気で、そこらじゅうに祇園祭に関係するものが並んでいて、ほとんどのお店やお家の前に貼りだされた「お神酒」の札に、ちまき。こんなに季節感のあることはない。直接祭に関わる人だけでなく、京都のみんなが祇園祭を祝い、参加してできる景色。誰も「季節感を出そう」とは思っていないのだ。それこそが本当の季節感なのだろうなぁと思う。